大判例

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大阪高等裁判所 昭和32年(く)49号 判決

本件抗告の理由の要旨は、原決定は神戸地方裁判所泰山事務官の真実の供述を排斥して、神戸地方検察庁が同僚検事千石保を不起訴にするのに都合のよい供述をした田攸検察事務官その他の虚偽の供述を採用して請求を棄却したのは不当であるから、原決定を取消し本件審判に付する請求を理由ありとの決定をされたいというのである。

記録を調査するに、抗告人は、昭和三十二年四月二十二日神戸地方検察庁に「被疑者千石保は、神戸地方検察庁検事として、岡坂庄五郎の告訴にかかる井出捨吉外三名に対する詐欺、偽証被疑事件、作田はるに対する偽証被疑事件を担当していた公務員であるが、昭和二十九年六、七月頃神戸地方検察庁においてその職権を濫用して、前記各被疑事件の証憑として公文書をもつて当時住友銀行三宮支店から取寄せていた甲子園製氷冷蔵株式会社関係の当座勘定元帳写を棄て去り、右井出捨吉等の刑事被疑事件の証憑を湮滅すると共に公務所の用に供する文書を毀棄し、よつて右告訴事件を犯罪の嫌疑なしとして不起訴処分に付し、もつて岡坂庄五郎が前記各被疑事件の被害者として国家権力により救済を受くべき権利を妨害した。」旨の告訴をしたところ、右告訴は、昭和三十二年十一月二十日、担当検察官により、被疑者千石保において住友銀行三宮支店の甲子園製氷冷蔵株式会社関係当座勘定元帳写をその担当していた刑事被疑事件の証憑として取寄せた事実の存しないことは証拠に徴して明らかであるから、本件告訴事実は犯罪の嫌疑がないとして不起訴処分に付せられたのであるが、抗告人は右不起訴処分を不服とし、被疑者千石保が右元帳写を職務上取寄せた事実は証拠上明白であり、之を記録に添綴していないところからみて、右元帳写を棄て去つた事実を推認するに十分であると主張し、右不起訴処分に対し刑事訴訟法第二百六十二条により事件を裁判所の審判に付することを請求したのが本件である。これに対して原裁判所は一件記録及び証拠を取調べ、被疑者たる検察官千石保がその担当する刑事被疑事件の証憑として前記当座勘定元帳の写を住友銀行三宮支店から取寄せた事実が認められず、従つて右文書の取寄せられた事実を前提としこれを破棄することによつて証憑を湮滅し、よつて右刑事被疑事件を犯罪の嫌疑なしとして不起訴処分に付したという被疑者千石保の所為が公務員職権濫用罪に該当するという抗告人の請求はその余の判断を待たずして理由がないと判断しこれを棄却しているのである。

按ずるに検察官は、国家機関として刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求する職務を有する(検察庁法第四条)ものであるが、当初から罪とならないものや、証拠不十分で犯罪の嫌疑なきものは勿論、たとえ犯罪であつても犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる職務権限があるのである。(刑事訴訟法第二百四十八条)そして犯罪による被害者は告訴権があり告訴することができるけれども、告訴があるからといつて、検察官が常に必ず公訴を提起しなければならない義務を告訴権者に負うわけではない。検察官が告訴事件について捜査し、不起訴処分を相当と認め公訴を提起しなかつたからといつて、告訴人は被害者として国家権力により救済を受くべき憲法上の権利を妨害せられたとはいえない。わが国法上検察官の不起訴処分に対してはその上司に対し監督権の発動を求めるか若しくは検察審査会に対しその処分の当否の審査を申立てるか(検察審査会法第三十条)或いは公務員の職権濫用罪に限り裁判所に対し事件を裁判所の審判に付することを請求し(刑事訴訟法第二百六十二条)得るにすぎないのである。そして、この最後の場合も起訴便宜主義(同法第二百四十八条)の例外をなすものではなく、又刑法第百九十三条の就職濫用罪は公務員が不法にその職権を行使し、他人を強制してその人の義務に属しない行為をなさしめ、若しくはその人の当然行うべき権刑の行使を妨害する行為を処罰する規定であつて、その人の権利行使を妨害しない以上単にその人の不利益になつたかてとて職権濫用罪が成立するものではないのである。本件記録によると、抗告人は前記井出捨吉等の詐欺及び偽証事件につき告訴し、その事件の捜査を担当した検察官千石保が右事件を不起訴処分にしたことに対し不服であるとして、その上司に対し監督権の発動を促し又検察審査会にもその処分の当否審査の申立をしたようであるが、抗告人の所期する結果が得られないので、更に担当検察官千石保を公務員職権濫用公文書毀棄証憑湮滅事件として告訴し、不起訴処分となるや本件審判に付する請求をしたのであるが、その主眼は前記詐欺及び偽証事件を起訴してもらつて、自己の民事訴訟を有利に展開解決せんとするところにあることが窺知されるのである。そして、検察官千石保が抗告人の告訴にかかる詐欺偽証等の被疑事件につき不起訴処分にしたことは何等抗告人の行うべき権利を妨害したことに当らぬのは既に説明したとおりであつて、それ以外に刑法第百九十三条にいわゆる行うべき権利を妨害したという抗告人の具体的権利については、その主張も証拠もないから本件審判請求は名を検察官の職権濫用に借りその実は検察官の不起訴処分に不服の申立をしているに過ぎないのであつて、検察審査会に対し不起訴処分の当否審査の申立をするは格別、抗告人の主張自体が刑事訴訟法第二百六十二条に依拠して裁判所に付審判の請求をすることは許されない事案であるというの外はないのである。それゆえに、原決定が本件審判請求を棄却した理由は妥当ではないけれども、結局これを棄却した処置は正当であつて、本件抗告はその趣意を判断するまでもなく理由がないものといわねばならない。

(裁判長判事 松本圭三 判事 辻彦一 判事 奥戸新三)

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